「八丈ブルー」での極上ホバリング体験と、岩礁での成功確率50%体験が、脳に与える影響について
「ここ、カメにたくさん会えるよ」
師匠の一言ではじまった日曜日の八丈島。
天気予報を覆す彼のパワーによって、快晴となった空とは裏腹に、
エントリーポイントの海面のうねりは白く、高い。
移動前のスーパーに、前日よりもサーファーが多い理由が分かるようなコンディション。
「タイミングさえ合わせれば簡単に沖に出られるから」
岩礁に打ち付けられる白波を背に、手馴れたコメントを発する師匠。
沖に出ることが簡単なことに思えてきたので、入水。
波は次々と押し寄せ、岩と体をなかなか引き離してはくれない。
波が来るたびに体は揺すられ、傷ばかりが増えていく。
温室育ちのスイマーの泳力も、ビーチ育ちのサーファーのワイプアウト経験も、岩礁の前では無力。
プルアウト断念。
行けそうで行けない。もどかしさに比例して高まる願望。
「海馬」の著者、脳科学者の池谷裕二東京大学・大学院薬学系研究科・准教授は対談でこう語っている。
報酬をもらえるかどうかを
確率で決めたのですが……
(百%の時はいつでももらえる。
〇%の時はいつももらえない)
いちばん快感の神経の動きが
おおきくなるのは
確率が五十%のときだったんです。
もらえるかもらえないか
よくわからないような状態って、
脳はすごく快楽を感じるんです。
おそらく、
先が決まってしまっていることって
脳はあまりうれしくないんです。
名残惜しさを残しながら、乙千代が浜に移動。
その昔、浜の名の由来にもなったお千代が泳ぎ息絶えたと言われる「沖の石」の根元に、優雅に泳ぐ大物発見。
真っ青な海の中で、日の光を浴びて白く照らされたまま沖へゆっくり消えてゆくアオウミガメは、
まるで竜宮城の使者であった。
沖の石を越えると、水深の深さに比例して、海の色の濃さが増してゆく。
推定水深20mの海はより一層その色を濃く、あまりの美しさに耳抜きをしながら、頭を地に向け逆さになり、
身を海に委ね、ゆっくりと地底に向かって落ちていく。
古代の海水と羊水のミネラルの成分比率はとても似ていると言われている。
そのような生理学的裏づけも手伝ったのだろうか、
「八丈ブルー」と表現される黒潮の濃く、鮮やかなグランブルーの深く広い青色に囲まれて、
頭の中をからっぽにしつつ輝く水面を見上げ漂う心地よさは表現しがたく、
未だ当てはまる言葉が見つからないほどであった。
東京都とは思えない、極上の体験。
以下、師匠との会話内容の一部。
江戸時代。
当時からヨーロッパの主要都市並みの大都市であった江戸に隣接する東京湾の
水のきれいさに来日した欧米人は驚嘆したと言われている。
現在は一時の工業化による環境汚染を経て法による規制強化が進み、
工業排水の東京湾への垂れ流しに対し強い制限がかけられ、海の浄化が進んでいる。
海はかつての姿を取り戻しつつある。
今や東京の水道水も飲める時代。
6年前、つくばから東京に引っ越してきて最も意外だったことは、「水がおいしい」ことだった。
つくば市は霞ヶ浦水系で元になる水が汚い一方で、東京は都民の血税により最高の技術を使い、おいしい水を作り上げている。
今やその高度な技術力は世界でも認められ、シンガポールを始めとした他国の水道インフラの整備を受託するほどである。
そのような蛇口から水が飲める状況下において、ペットボトルの水を購入し愛飲することは環境破壊の元凶となる。
東京湾と八丈島。
飛行機で約40分、同じ都内、もちろん海は繋がっている。
にもかかわらず、ふたつの海はまったく異なる表情を見せる。
水の原点、生命の原点である海と触れ合うことで、
水泳について考える前に、水についてあまりにも無知な自分に気づかされた。
そして無力であることも。
海はメッセージを伝えてくれる。
これからも海と接し、教えを乞い、そして得たことを共有できる輪を広げていきたい。