青山綾里に負けた私


「青山綾里のせいかもしれませんね」


先日、会社の先輩と話していた際にふとこんな言葉が出てきた。
彼によるとどうやら私は男兄弟らしからぬ、女性に対する考え方を持っているらしい。
通常、兄弟に女性がいない場合は、女性を崇め、それが結果として女性に対する苦手意識を生んだり、
変に女性を立ててしまったりするようなのだが、言われてみれば男3兄弟、
男子校という環境で育ったにも関わらず、女性に対する苦手意識は少ないほうかもしれない。
その理由を問われた時にオリンピックシーズンという深層心理が働いたのか、
先ほどの一言が思わず、口から出てきた。


青山綾里さんは当時世界ランク一位でアトランタオリンピックに出場した、
私と同い年、そして同じバタフライの元競泳選手である。
世間一般にはどれほど有名なのかは感覚を持っていないが、
”潜水泳法の…”と言えば思い出す方も多いかもしれない。


私も彼女も同じイトマングループに所属していたこともあり、
小学校低学年の頃から合宿や遠征で顔を合わせたり、同じ環境下で練習をすることも多かった。
そんな彼女と接点を持つ中で、女性を女性としてではなく、同じアスリートとして、
ライバルとしての見方をする貴重な経験をした。
男子である私が女子の彼女にはじめてタイムで抜かれた瞬間、それを感じることになる。


通常、国内で行われる競泳の試合では、同種目において、女子のレースがひとつ先に行われる。
例えば、女子の50m自由形の後は、男子の50m自由形が行われる。
また、午前中の予選で最もタイムの速い選手が、決勝では「センターコース」と呼ばれる、
中央のコースに陣を取る。


ジュニア時代、青山選手も、一時期の私も、出場する試合では共にいつもセンターコースであった。
レース前の召集所では、目の前には常に彼女の背中があった。
彼女が出番になり、召集所からプールサイドへ出た瞬間の大きな歓声を、
召集所の中で何度耳にしたことだろう。


彼女がスタートした瞬間、私も自分の泳ぐコースに向かう。
彼女がまさに、今泳いでいるコースに向かう。
そして会場の誰よりも近い、言わば”特等席”で彼女の泳ぎを観ながら、自分の出番を待つのである。
彼女は試合を重ねるたびに100mのタイムが速くなっていった。
前半型の彼女は50mの折り返しでは男子をも凌ぐタイムを出し始めるようになる。
いつしか私も”特等席”から彼女の50mのタイムに目をやるようになっていた。
そして、確か14歳の頃であったと思うが、その瞬間が訪れた。
私は初めて彼女に自分のベストタイムを目の前で破られたのである。


彼女が泳ぎを終え、プールから上がると、ちょうど同じコースでこれから泳ぐ私と顔を合わせる。
この瞬間が、いわば二人だけのミックスゾーンとなっていた。
いつもなら、レースを終えた彼女に対して、これからレースをする自分に緊張感を持たせつつも、
「お疲れ」と声を掛けていた。
それに対し彼女も、レース直前の私を気遣い、「頑張れ」と程よい緊張感を残した笑顔で返す、
こんなやり取りをしていた。しかし、その時は私から声を掛けなかったように思う。


彼女のいつも通りの「頑張れ」に小さく頷きながらも、目を合わせることなく、
ただ、彼女のタイムを意識しながら、自分のレースに集中していた。
彼女からすれば、私のベストタイムを上回っているかどうかすら理解していないはずである。
しかし、私としてはその時は一人のライバルとしてはっきりと意識し、
負けたくない気持ちが芽生えた瞬間であった。


女子選手に心の底からライバル心を持ったのは、後にも先にもこの時だけである。
今回北京オリンピックに出場している中西悠子選手とは合宿で同じメニューを泳ぎ、
タイムがあまり変わらなかったことはあるが、練習と試合とではやはり意識の差が異なる。
結果として、そのレースで彼女のタイムを上回り、それ以降、逆転を許すことは無かったが、
女性をライバルとして明確に意識をした貴重な経験をしたと思う。
この経験が私の女性に対する考え方にどれほどの影響を与えたかは分からないが、
そんな貴重な経験をさせて頂いた彼女には感謝している。


インターネットなどの情報によると、彼女は産経新聞で記者をしているようだ。
彼女が書いた、同い年の中西選手に関するコラムを見つけたが、
トップ選手としての経験を持つ彼女ならではの視点からの記事は非常に興味深いものであった。


アトランタオリンピックの時、私は自宅のテレビで観ていた。
いつもの、”特等席”で観ていた、いつもの彼女の泳ぎとは異なる、違和感を感じた。
結果、その違和感は悪くも結果として的中する形となるのだが。


仲間として、日本人として、素直に、「金メダルを取って欲しい」という気持ちと、
ライバルとして、「あまり速く泳ぎすぎないで欲しい」という気持ちと、
友人として、「金メダルを取ることで、遠い存在になって欲しくない」という気持ちとが
交錯しながらの観戦であった。


今回の北京オリンピックでは同世代が中心となり、昨日から戦っているが、純粋に良い結果を残して欲しいと心から思えてしまう自分に、大人になった実感と、もう現役ではない寂しさを覚える。



青山綾里(wilipediaより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E7%B6%BE%E9%87%8C


「元日本代表 青山綾里記者の五輪」(上)いつものように泳げば出た記録 夢舞台は一瞬の出来事だった
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080716/gbi0807160746000-n1.htm


「元日本代表 青山綾里記者の五輪」(中)なぜか遠く見えた折り返し点 初めて足が震えていた
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080717/gbi0807170747000-n1.htm


「元日本代表 青山綾里記者の五輪」(下)進化続ける12年前のライバルに心から贈るエール
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080718/gbi0807180747000-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目(1)】競泳にも必要だったチーム力
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080809/gaj0808091803001-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(2)「チーム自由形」の成長に注目
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080810/gbh0808102037016-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(3)ずば抜けた集中力に畏敬
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080811/gaj0808112030030-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(4)最後のレース「約束」果たした柴田
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080812/gaj0808121943024-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(5)攻めの姿勢貫く北島の真の強さ 
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080814/gaj0808141911027-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(6)胸を張って!柴田亜衣
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080815/gaj0808151945016-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(7)重圧をはねのけた中村礼子
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080816/gaj0808162225018-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(8)五輪の借りは五輪で…
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080817/gaj0808171847010-n1.htm


【青山綾里 オリンピアンの目】(9)華やかだった12年ぶりの舞台
http://sankei.jp.msn.com/beijing2008/news/080819/gaj0808191824001-n1.htm



8/17:【青山綾里 オリンピアンの目】(2)〜(7)を追加しました。
8/21:【青山綾里 オリンピアンの目】(8)、(9)を追加しました。



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